葬儀について考える時代

葬儀について考える時代

 

近年の葬儀事情のページで葬儀費用が無い方のためのお金をかけない小さなお葬式について述べました。

 

ただ、お金をかけない、小規模の葬儀に移行していることは、「べつに葬儀なんでどうだっていい」と、葬儀から目を背けているということではないと思います。

 

これまでは不透明(?)とも言えた葬儀業界が、不況の影響もあり、情報をオープンにしてセールスに打って出てきたということです。

 

このことによって、 一般の人々が「葬儀について考える」機会は、確実に増えたと言えます。

 

さらに「終活」という新しい言葉もでき、「エンディングノート」も注目を集めました。

 

こちらに至っては世間の注目も集め映画化されたほどです。

 

 

 

 

  • 「高い葬儀代で、家族(遺族)に負担をかけたくない」
  • 「自分の葬儀のスタイルなのだから、自分で考えて決めたい」
  • 「たしかに一象華な葬儀は必要ない」

 

送られる側にこのような意識が生まれ、「葬儀についてきちんと考える」――葬儀に真剣に向き合う時代となったのです。

 

「いま(生きているうち)から葬式のことを考えるなんて、縁起でもないわ」

 

・・・このような考えは、過去のものとなっています。

 

葬儀と真剣に向き合うことは、決して悪いことではありませんし、そういった機運を生み出したという意味においては、近年の小規模の葬儀を推す葬儀業界の行った情報提供や広報活動には、功績があると思います。

 

しかし、葬儀のあり方を考えるうえで大事なのは、規模や、それにともなう費用の側面だけではありません。

 

できる限りお金をかけできる限り人を呼ぶ、というスタイルこそが、本来行うべき理想の葬儀である

 

という古い価値観からの脱却が、単純に「正解」だとも言えません。

 

「自分の葬儀なのだから、自分は自分なりの、自分らしい葬儀をするさ」という新しい価値観、「自由度の優先」的な考え方も、遺族にとっては困ってしまう場合もあるのです。

 

葬儀と真剣に向き合うために、考えなければならないことの一つに、葬儀に「どんな意義を求めるか」ということがある思います。

 

たとえば、葬儀におけるさまざまなしきたりや形式についても、本来であれば、それらにどのような意義があるのかを認識しておけば、葬儀のあり方の参考基準ができるはずです。

 

 

 

戒名の意味とは?

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葬儀について考える際に外せないのが戒名の存在です。

 

葬儀を、宗教の教えに則った「宗教儀式」という側面だけで捉えれば、いまの葬儀には遺族が理解できない、無駄と思われることがいっぱいです。

 

たとえば、よく本来の意味がわからないもの″高すぎるものとして引き合いに出される、仏式葬儀における「戒名」(宗旨によっては「法名」)などはその最たるものです。

 

「戒名って必要なんですか?」
「戒名をつけないと、お葬式ってできないんですか?」

 

葬儀を行うにあたって、実際にお客様からよく質問されることです。

 

その質問への私なりの回答については、別ページで解説させていただきますが、本来の仏教の観点からすれば、戒名は「必要ない」と言えます。

 

もちろん、戒名を付けなければ葬儀が始まらない――というわけでもありません。

 

そもそも戒名とは、仏弟子になったことを示す名前 つまり戒名を授かるということは、僧侶になる、といぅことです。

 

「死んだらみんな僧侶になる」?

 

そう、本来戒名とは、生前に仏教に帰依人信した証として与えられるものなのです。

 

戒名(法名)に付ける、高ランクを示す「院号」も、 一般の人には本来関係のないものです。

 

「院」とは「お寺」のこと、つまり院号はお寺を建立した実力者(それこそ、かつての貴族や武将……歴史上の人物とかですよね)が持つものなのです。

 

また、仏式の葬儀には付き物の「位牌」も、諸説あるものの、元々は仏教とは関係のない、儒教由来のものだと言われています。

 

ただし、これらのことだけからやみくもに「金儲け主義だ」と、お寺(僧侶)を責めるのは、少々お門違いかと私は思ってしまうのです。

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